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マキシマム ザ XXX !!!

お彼岸

 

9月9日、わたしにとってはELLEGARDENでもなく9mm parabellum bulletでもなく、母親の命日だ。

 

我々は各々「まあ自分が覚えてりゃあいいか」と思っているので特段何をするわけでもなかったし、なんとなくお線香をあげたりするだけだけど。

今年は母が亡くなって20年の節目の年です。

その節目の年にわたしは30歳になり、父が亡くなったのだからまあいろいろそういう巡り合わせの年なんだろうなと思う。

(もう一つ「自分の結婚式をした」というのもあるけどそれはあえてこの年の9月を選んだ、というのがあるので無理やりねじ込んだ感が強い。)

 

自分の家族のことをあけすけに話すのはなんとなくダサいと思っていて、というのもうちの家族がわりと特殊だから好奇の目に晒されたくなかったということと、実際に深く聞かれたところでどう説明しても訳あり顔になってしまうからというのもあり、「触れてこないのであれば言わなくていいや」というスタンスでずっと生きてきたし、多分これからもそうだろうなと思う。

 

当時10歳、自分の親が病死するなんて経験したことのない同級生はわたしのことをどう扱っていいのかわからなかったようだった。当然だと思う。

周囲の大人も「母親が居ないのに健気な女の子」という役割を押し付けてきているようで、なんだかそれがとても嫌だった。

わたしには「可哀想な子ども」のロールモデルを強要するくせに、母親の代わりに保護者会や参観日に来てくれていた年の離れた姉には「学生なんだから時間があるだろう」と苦労を押し付けたがるところも嫌だった。年が離れているといってもまだ成人したばかりの姉は間違いなくまだ子ども側なのに。

当時実家から片道2時間近くかけて学校に通ってた姉に対して、この扱いは今でも腹立たしく思う。

小学生当時は漠然と「なんか嫌だなあ」と思っていたけど多分それは上記の理由によるんだろうなと思う。

そういう中で「ああ、これは母親が死んだことは伏せておこう」みたいな気づきを得ていったような気がする。

 

大人になってからは皆わりと普通に、普通に接してくれるのであまり隠さなくてもいいかなあと思うけどそれでも心ない一言をぶつけてくるひとは居たのは居た。片親のくせに、とか家庭環境に問題があるからお前にも問題がある、とか。大人になってそんなことを言われるとは、といま思うと微笑ましくさえ思う。

いや嘘、夜道にはせいぜい気をつけてほしいと思う。

 

死んだひとというのはずっとずっと心に残り続けるけど、べつに誰かの死を乗り越えたりしなくてもいいなあと思う。 

とりあえず節目の年だから今日はお彼岸行ってお姉ちゃんとケーキたべます。